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生んでもらい、最後を看取り、生まれてきてくれて、死を迎えるまでの全ての繋がりを 独り言をブツブツと・・・

2009/05/12 23:12


今日はひとつ歌を聞いて
思い出したことがあったので書きます。

去年死んだ広島のおばあちゃんの最後の数年は
痴呆症でした。

ある年に会いに行ったとき、
いろいろな事を忘れていく中で、
孫である妹の名前は出てこなくなっていました。

しかし、私の顔をみてすぐ「ああ。貴昌くん」と呼んでくれました。
なんかすごく嬉しかった。

そして、最後の最後まで
自分の息子である親父の事だけは憶えていました。

いつか、自分の親も歳をとり、
いつか、痴呆になるかもしれない

そして、そのまたいつか、
私も歳をとり痴呆になるかもしれない

だけど、
生んでもらい、最後を看取り、生まれてきてくれて、
死を迎えるまでの全ての繋がりを
愛していきたい

そう思いました。


手紙 
~親愛なる子供たちへ~

年老いた私が、ある日、
今までの私と違っていたとしても
どうかそのままの私のことを理解して欲しい

私が服の上に食べ物をこぼしても、
靴ひもを結び忘れても、
あなたに色んなことを教えたように見守って欲しい

あなたと話す時、同じ話を何度も何度も繰り返しても、
その結末をどうかさえぎらずにうなずいて欲しい

あなたにせがまれて、
繰り返し読んだ絵本のあたたかな結末は
いつも同じでも、私の心を平和にしてくれた

悲しい事ではないんだ、
消え去ってゆくように見える私の心へと
励ましのまなざしを向けて欲しい

楽しいひと時に、
私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを嫌がるときには思い出して欲しい

あなたを追い回し、何度も着替えさせたり、
様々な理由をつけて嫌がるあなたとお風呂に入った
懐かしい日のことを

悲しい事ではないんだ、
旅立ちの前の準備をしてる私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り、
飲み込む事さえ出来なくなるかも知れない

足も衰えて立ち上がる事すら出来なくなったら、
あなたが、か弱い足で立ち上がろうと私に助けを求めたように
よろめく私に、どうかあなたの手を握らせて欲しい

私の姿を見て悲しんだり、自分が無力だと思わないで欲しい

あなたを抱きしめる力がないのを知るのは辛い事だけど
私を理解して支えてくれる心だけをもっていて欲しい

きっとそれだけでそれだけで、
私には勇気が湧いてくるのです

あなたの人生の始まりに、私がしっかりと付き添ったように
私の人生の終わりに少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれた事で私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変わらぬ愛を持って笑顔で答えたい

私の子供たちへ

愛する子供たちへ





  | コメント(2)






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Comment
ごぶさたしております。

このエントリーの内容に感じ入ってしまいました。

痴呆って何のためにあるのか考えてしまいます。
昨日、思ったことは「ありがとう と さよなら」を告げる期間なのかなということでした。

これから迎える超高齢化社会に向けて準備したい一面ですね。
【2009/05/16 11:27】 URL | ハチダイ [ 編集] | top↑



「ありがとう と さよなら」を告げる期間。
その考え方ステキですね。
【2009/05/19 00:03】 URL | taka [ 編集] | top↑





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