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母親のリンパ癌の克服から私が学んだこと 人生の発想

2009/01/20 13:26


母親から悪性のリンパ癌が発見されたのは
2007年12月20日だった。

それから、年の明けた2008年の正月に
父親とともに3人で伊勢神宮にお参りに行った。

それもギリギリまで、母親が嫌がった。
病気にかかったショックと「安静」の二文字を
意識してのことだったのだと思う。

しかし、私が恐れたことは、
「心が病人になる」ということだった。

「病は気から」とはよくいったもので、

病気になったとき、周りが病人扱いし、
そして、本人も「私は病人なんだ」と思い
病気に心が負けていく。

年末に電話したとき母親は、
「めんどくさいし、しんどいから初詣は行きたくない」
と言った。

その声からは、
心が病人になりそうな気配を感じていた。

そして、伊勢神宮に無理やり連れて行ったのだが、
「行ってよかった」と笑顔で言ってくれた。

それから程なく
母親の放射線治療と抗ガン剤治療が始まった。

ガン細胞も自分の細胞も殺すという
過酷な闘病生活。

母親がいる名古屋と私のいる東京との距離。
私にできることは、自分が心配かけないよう元気でいることと、
祈ることだけだった。

癌のことを聞いた2007年12月20日から
毎日お参りした。
朝行けなかった時は、仕事終わった夜中でも
神社に行って祈った。

自分にはこれしかできないから。

そして、祈りは通じた。

2008年の終わりには、癌も治り(昔通りとまではあと数年かかる)、
治療で抜けた髪の毛も戻ってきた。

今回のことで母親がどう感じ、どう思ったかは
わからないが、親と子の会話は、
「まだまだ生きろということだね」と短いものだった。

生と死。
それは、常に隣り合わせだと思う。

そして、生きていることも当たり前でない。
だからこそ、今をどう生きるのか?

「死ぬまで、生きる」ことを決意する。


  | コメント(2)






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Comment
そんな大変な時にランチの時間をつくってくれていたのですね。

ありがとうございました。

また、回復されたこと心よりお喜び申し上げます。

もし、今後、なにか困ったことがあったら、お手伝いさせていただきます。

ご近所さんですからお気軽に使ってください^^
【2009/01/20 14:29】 URL | 岡田耕一 [ 編集] | top↑



こんにちは。私も母が直腸がんになりました。手術後何事もなく、五年がたち少し安心しています。母親が病気になった時、足元から暗い闇に引きずり込まれそうな気持ちになりました。
一番つらく怖いのは、病気をした母なのに自分が弱気になってしまいました。
松浦さんはお強いですね。
お母様完治されてよかったです^^
うちは完治・・・ではありませんが、今の所再発もなく元気でいてくれているのが嬉しいです。
できるだけ孝行したいなと思っています。
長い文章読んで頂き、ありがとうございました。
【2009/01/21 14:03】 URL | tripまいこ [ 編集] | top↑





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